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情熱大陸 大城医師の経歴と山岳医になったきっかけ!?三浦雄一郎のチームドクターです

登山家三浦雄一郎さんがエベレスト登山の時に彼の体調を診て、登頂を断念させた医師として有名な大城医師。

私もアメリカンロッキーに行った時に高山病になりましたので、体調との相談がよく分かります。

日本でただ一人の国際山岳医の大城医師についてご紹介していきます。

大城 和恵(おおしろ・かずえ)さんの経歴

【経歴】 現在は北海道大野記念病院 循環器内科医、山岳外来医師

  • 1967 – 長野県長野市に生まれる。
  • 1992 – 日本大学医学部卒業。日本大学医学部附属板橋病院1内科に入局。
  • 1998 – キリマンジャロ(5,895m/タンザニア)登頂。
  • 2002北海道大野病院勤務。
  • 2009北海道大野病院を退職し渡英、英国国立レスター大学留学。
  • 20109 – マッキンリー(6,190m/アメリカ)登頂。山頂よりスキー滑降。
  • 2010英国国立レスター大学にて日本人初となる「国際山岳医」を資格取得
  • 2011北海道大野病院復職、山岳外来開設。

2011828  【世界の果てまでイッテQ】イモトアヤコのキリマンジャロ(5,895m/タンザニア)登頂に山岳医参加。

2013523  【三浦エベレスト2013隊】三浦雄一郎、三浦豪太のエベレスト[南東稜](8,848m/ネパール)登頂に山岳医として参加。

三浦雄一郎はエベレスト登頂世界最高齢記録更新(80223)

013102 【世界の果てまでイッテQ】-イモトアヤコのマナスル(8,163m/ネパール)登頂に山岳医として参加。

20144 【世界の果てまでイッテQ】イモトアヤコエベレスト登山企画に参加して現地入りしていましたが、大規模な雪崩が発生したために企画自体が中止となりました。

山岳医になるきっかけ

大城医師は、幼い頃から山へ登ったり、家族でスキーを楽しんでいましたが、山登りを始めたのは大学時代からです。

もともとバイクが好きで、カナダやオーストラリアにバイク旅行に出かけていましたが、長野県の涸沢カールに紅葉を見に行ったことがきっかけで登山好きになりました。

30代後半にネパール旅行でヒマラヤをトレッキングしたいたら、高山病に苦しんでいる登山客と出会いました。その登山客が水も持たずに登っていて、水を与えて下山することをお伝えしたら、無事に下山できました。

その時に自分の高山病の知識のなさに、山岳医療を学ぼうと考えるようになりました。

大野医師は、マッキンリー、マッターホルン、マナスル(世界第8位)登頂など海外を含む豊富な登山歴を持っておられます。

遭難による死亡原因

遭難による死亡原因の1位は外傷、2位は低体温症、3位が突然の心臓機能の停止等によるもの、4位が雪崩です。

死亡原因は地域差が見られ、北海道での死亡原因の1位は低体温症です。

それぞれの地域で登山家に対してすぐに役立つ情報を提供することが大切です。

大野医師の活動

北海道大野記念病院での登山外来対応の他、登山家を対象としたセミナーの開催や、救助隊員向けや医師向けの情報発信、ガイドライン作成などを行っています。

昨今、登山が流行で十分な体力づくりや知識も持たずに登られることが増えていることが多い気がします。

富士山の8合目にある診療所で、登山中の人々の酸素飽和度を計測する企画を実施したり、元気に山に登ってもらうためには、日頃からの体作りや登山中のケアを浸透していけたらと思っています。

山岳医は、登山者や救助隊が自らの命を守る方法を伝え、サポートする立場にあります。

大野さんは山で失われる命を一つでも多く救いたいと思っておられます。 

山に登るには、山に登るための技量や体力が求められます。

医師の中には優れた登山能力のある人もいますが、救助のプロは、それ以上の訓練を行い、山に対する十分な知識も必要です。

まとめ

登山家の三浦雄一郎さんのエベレスト登山を体調不良で断念された時に山岳医という存在を知りました。

登頂のチームドクターってご本人も大変な体力のいる仕事で山の知識や救急医療のことなど専門的に必要なお仕事だと思いました。

私も毎年、登山をしていますが、その前には体力をつけておくこと、ご一緒した方がケガがなく下山できることでホッとします。

秋には中級の山に挑戦します。楽しみにしています。